キリスト教大辞典

キリスト教の問題点について考える

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義援金のこと

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episcopalchurch.org

義援金」とは何でしょうか。

ja.wikipedia.org

には、

寄付(きふ、英: donation)とは、金銭や財産などを公共事業、公益・福祉・宗教施設などへ無償で提供すること。災害の際に被災地・被災民へ送られる義捐金義援金(ぎえんきん)も寄付の一つである。経済において、寄付は福祉に係る費用の一部を担う重要な経済活動でもある。また、教育機関(学校や博物館、図書館など)や医療機関などに寄付することを寄贈(きぞう)、宗教施設に寄付することを寄進(きしん)と称することもある。 

という説明があります。機会があれば義援金に協力しよう、と考えている人、あるいは、すでに協力した、という人がおられるかもしれません。

しかし、どの団体を通じて協力するのかを考えることが必要です。一度ネットを検索して調べて見てください。いつまでたっても日本語がたどたどしいあの女性歌手が広告を担当している、ある団体は、寄付された金額の20パーセントを手数料として差し引く、と公言しているようです。一億円に対して二千万円は取り分としますよ、ということですね。「手数料」の意味は、おそらくは、銀行に支払う「送金手数料」という意味ではなくて「利益分」という意味なのでしょう。考えてみれば、こんなに楽な仕事はなかなかないかもしれません。「救済」という看板を挙げさえすれば自動的に金が集まってくるわけですから。大衆の偽善的欲求に訴えかければ良いだけです。それに、考えてみればテレビCMで募金をお願いするなんて矛盾していますよね。でも、金儲けであるというのなら納得できます。義援金の募集と言いながら、実際には金を右から左へ渡して利益を得る「金融業」だというわけです。

一方、日本赤十字社のホームページには、

www.jrc.or.jp

日赤に寄せられた義援金は手数料等の経費を引くことなく、被災県に設置される配分委員会を通じて全額が被災者に配分されます。 

とあって、同社は義援金事業によって利益を得ているわけではない、ということがわかります。

 

しかし、中にはこんな実用例もあるようです。

www.news-postseven.com

引用してみましょう。

だが、被災市民の復興を願った人々の思いは、シロアリの悪知恵によって裏切られることになる。

 浦安市義援金は被災者に一切分配されることなく、なんとそのまま自治体の懐に入ったのである。この驚くべき事実を告発するのは、折本ひとみ・浦安市議会議員(無所属)である。

「市の財政課に義援金について訊くと、『市の一般会計予算に入れる』というのです。つまり、義援金は被災者に分配するのではなく、市の事業に使うということ。担当者は『市の事業に使うものであることは、寄付する当事者に口頭で説明している』といいますが、そんなことはありません。

 事実、私が所属するボランティア団体は、市の要請を受けて義援金を出している。あくまで浦安で被害に遭った8000世帯に義援金が行き渡るようにと考えたからです。とんでもない裏切り行為ですよ」

 浦安市の財政課に尋ねると、平然と言い放った。

浦安市では、義援金は市の災害復旧に活用することになっています。そのために義援金を一般会計で預かっている。このことは、今秋に公開される平成23年度予算の決算書に記載される予定です。義援金の用途は道路などの災害復旧に決まっているので、問題ありません」

千葉県浦安市が、赤十字から受け取った震災義援金3.1億円を、市庁舎の改築と花火大会の費用に充てたというのですから驚きです。とても公共団体のすることではないと感じますよね。集まった義援金が「100%直接」届けられたからといって、それだけでは安心はきない、というところが現実、ということになるようです。

 

さて、ではキリスト教の教会の献金はどうでしょうか、献金って何に使うのでしょうか、考えたことありますか? 自らの能力を持って稼いだ収入は、自分自身の責任で、意味のある使い方をしなければなりません。大丈夫ですか、考えて見てください。

聖書をよく読めば、パウロは自分の腕で職人として働きながら宣教活動を行ったと記されているのであって、信徒の寄付で食べていたわけではありません。ですから、聖書的に観察するのであれば、信徒の献金を当てにして、それだけで生活をしている現代の牧師や神父は、偉そうにしている乞食に過ぎない、ということになるのです。キリスト教徒の皆さんは、毎週正装して詐欺師の家へ罷り参っては乞食に平伏し,あまつさえ金をむしり取られているにすぎないわけです。バカみたいな話ですよね。

お金は大切に使いましょう。どうしても偽善者的に金を使いたいと言うのであれば、神父や牧師に恵んでやるよりも赤十字に送金しましょう。そのほうが、あなたの満足感ばかりでなく、実際の社会貢献として生きた金になるでしょう。金が喜びますよ。ただし、配布先がどのように使用するのかまで見届ける必要はあるようです。

そう言えば、キリスト教の釣り書も「救済」でしたよね(笑)。