キリスト教の問題点について考える

キリスト教の問題点について考える

伝統的教派プロテスタント信徒が運営するキリスト教批判ブログです

カインの妻とキリスト教の存在意義の関係

www.monasterodibose.it

過去の記事、

christian-unabridged-dict.hatenablog.com

でも少し触れたのですが、創世記に、カインは妻を知った、という記述がありますが、その時点で、アベルはカインに殺された後ですので、世の中に、人間は、アダムとイブとカインの三人だけであるはずです。この、妻とは一体誰なのでしょうか。

正教会カトリックプロテスタントの主流派などでは、創世記の四章あたりまでは、ユダヤ教成立前からカナン地域に存在した伝承を寄せ集めた、いわば神話なのであって、一言一句を論理的に考察するべきところではない、と考えて、精神的な意味合いだけを読み取ろうとするのですが、福音派のような原理主義グループは、逐語霊感説を主張するために、例えば次のように理解しようとするようです。

seishonyumon.com

少し引用しましょう。

アダム以降の数世代の人たちは、近親結婚を実行していました。

人類が地上に増え広がるためには、それしか方法がなかったのです。と同時に、当時は、近親結婚を禁じる優生学的理由がありませんでした。今日では、近親婚は遺伝的に問題のある子どもを産む可能性が高いと言われていますが、アダム以降の数世代の人たちには、そのような恐れはありませんでした。人類のDNAの劣化は、さほど進んでいなかったからです。それゆえ、近親結婚は禁じられてはいませんでした。

聖書に記述されていないが、実は、カインには姉妹が存在していて、妻というのは、その姉妹であったのだ、と言っています。この時点ではまだモーセの律法が定められておらず、近親結婚は禁じられていないので構わないのだ、とも言っています。

※参考 - カインの姉妹に関する伝承

カインの妻が姉妹であった、という仮説は、現代の原理主義者たちが初めて発案したものではなく、昔からエチオピアの伝承などで見られたようです。

アワン - Wikipedia

ルルワ - Wikipedia

しかし、それならば、殺人もOKだったでしょうから、アベルを殺したからと言って神に咎められることはなかったはずですよね。また、近親相姦が禁じられた理由は、子供に問題が生じるから、という理由だけではなく、倫理的な理由からでもあったと思います。

創世記で、神はアダムとイブに生命の樹と善悪の樹を示しましたが、これは、神が彼らに「秩序と理性」、つまり「律法」を口伝した、ということを暗示しているのです。ですから、殺人や近親結婚が正しくないことであることは、すでに知っていた、ということになるはずです。

モーセの律法とは、アダムに与えられた律法を明文化したものなのであって、その時点で突然色々なタブーが発生したわけではないのです。

律法(原理)主義者ほど律法の理解が正しくない、とは皮肉な現実に見えますが、そもそも、律法を正しく理解していれば、「律法主義」などという状態には陥らないはずだと言えるかもしれません。

一方、ユダヤ教の伝統的な理解では、カインの妻は、アダムとイブが作られる前にすでに作られていた別の人間だと言うことらしいです。

アダムとエバ - Wikipedia から引用してみましょう。

ユダヤ教においては、アダムとハヴァは全人類の祖とみなされてはいない。天地創造の際に神は獣、家畜、海空の生き物と同時に神の似姿の人間を創造し、アダムの誕生とは区別して記述されているからである。アダムはあくまでもユダヤ人の祖であり、その他の人類は魂(命の息)を吹き入れられていない、つまり本当の理性を持たない人であり、ゴイムとされる。神の民族がその他人類と交わり、子孫を残していく記述が聖書に散見されるが、その中でも律法を守り、神に従う者がアダムの直系であるアブラハムの民であり、イスラエルヤコブ)、ユダヤの民とされる。

たしかに、創世記では、アダムとは別に人類が創造されているようにみえます。アダムとイブが創造されるのは、神が、全ての創造をなし終えた後のことなのですが、創世記1-27には、創造の途上である第6日に、

神は自分のかたちに人を創造された。すなわち、神のかたちに創造し、男と女とに創造された。

と記述されています。

このときに創造された中の、または中から生まれたゴイム(異民族)の一人がカインの妻となったのだと考えているわけです。

まだしも、ユダヤ教的な理解の方が、宗教テキストとしてはふさわしいのではないかと感じるのですが、原理主義者が近親結婚を合法化してまでアダムの妻を姉妹であったことにしようとするのには理由があります。

その理由はゴイムの存在を認めたくないから、です。

もし、神がゴイムを創造したのであれば、ユダヤ人以外の全ての民族はゴイムであることになってしまうのですが、そうすると、キリスト教徒であることの意味が失われてしまうのです。キリスト教原理主義者にとってキリスト教とは、原罪の軛から、イエス様が死と復活によって、キリスト教原理主義者だけを救い出して、天国へ導いてくれることを望む宗教であるわけですから、もし、アダムとの血縁がないのであれば、原罪も遺伝していないことになり、キリスト教徒である意味も無くなってしまいます。

それで、カインを近親相姦犯にしてでも、その他に人類は存在しなかった、ということにしようとするわけです。

でも、聖書が逐語霊感によるものだというなら、ユダヤ教のゴイム説のほうが近いように思うのですけどね(笑)。