キリスト教大辞典

キリスト教の問題点について考える

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ディスマス(右盗)の告白

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ja.m.wikipedia.org

「ディスマス」はルカによる福音書に登場する人物ですが、そんな人いたっけ、と思われた人がほとんどでしょう。その人物はその名前では登場しないからです。

ja.wikipedia.org

から引用してみましょう。

ディスマスは、キリスト教正教会カトリック教会)の聖人である。

キリストと共に十字架に架けられた二人の犯罪者のうちの一人で、キリストの口から直接天国行きを約束された。ディスマスは聖人名簿に載せるために付けられた仮の名で、本名は不詳である。正教会では特に名前では記憶されず、「右盗」(うとう)とのみ呼ばれる。

キリストが両親と共にヘロデの手を逃れてエジプトに向かう途中、一夜の宿を貸した家の息子だったという伝承がある。 

正教会では「右盗」と呼ばれていますが、これも、左右の記述があるわけではなくて、おそらく右側、という憶測でそう言っているようです。

正教会「聖体礼儀」の祈祷式文「領聖祝文」中から、この人物に関する箇所を引用してみましょう。

(前略)

神の子や、今我を爾が機密の筵に與る者として容れ給へ、蓋我爾の仇に機密を告げざらん、又、爾にイウダの如き接吻を為さざらん、乃ち右盗の如く爾を承け認めて曰ふ、主や爾の国に於いて我を記憶せよ、と。

(後略 )

 

それでは、この人物が登場する福音書の該当箇所を見てみましょう。

ルカによる福音書23:39-43

十字架にかけられた犯罪人のひとりが、「あなたはキリストではないか。それなら、自分を救い、またわれわれも救ってみよ」と、イエスに悪口を言いつづけた。もうひとりは、それをたしなめて言った、「おまえは同じ刑を受けていながら、神を恐れないのか。お互は自分のやった事のむくいを受けているのだから、こうなったのは当然だ。しかし、このかたは何も悪いことをしたのではない」。そして言った、「イエスよ、あなたが御国の権威をもっておいでになる時には、わたしを思い出してください」。イエスは言われた、「よく言っておくが、あなたはきょう、わたしと一緒にパラダイスにいるであろう」。

この人物についてWikiでは

キリストと共に十字架に架けられた二人の犯罪者のうちの一人で、キリストの口から直接天国行きを約束された。」

と説明されています。プロテスタント教会でも概ねそのように説明されていて、新旧約時代を通して、神が直接天国行きを保証した人物は、この人物ただ一人だけである、などと説明されます。

皆さんはこの箇所を読んでどう感じられたでしょうか。死後の霊魂の行方を予言した、と読み取れるでしょうか。僕はどう読んでもそのような意味だとは思えないのです。

むしろ、「イエスよ、あなたが御国の権威をもっておいでになる時には、わたしを思い出してください」という願いに対して、そのような国や権威は空想にすぎない、と諭しているのではないかと感じます。

また、「あなたはきょう、わたしと一緒にパラダイスにいるであろう」という言葉からは、死後、つまり、未来の予告であると感じることができません。現在の状況の説明であるとしか理解できないわけです。

つまり、イエス様は、この人物に対して、今まで福音書をとおして説明したこと、「すべての持ち物を捨てなさい」ということを、あなたは実現したのだよ、と評価した、ということなのではないでしょうか。

同じルカ福音書には、イエス様が神の国について、次のように説明した、とあります。

ルカによる福音書17:20-21

神の国はいつ来るのかと、パリサイ人が尋ねたので、イエスは答えて言われた、「神の国は、見られるかたちで来るものではない。また『見よ、ここにある』『あそこにある』などとも言えない。神の国は、実にあなたがたのただ中にあるのだ」。

死刑に処せられるような罪人であったとしても、全てをなげうつ潔い覚悟と、真実を求める素直な心があれば、そこには本当の意味でのパラダイスが実現される、イエス様はその事を説明しておられるわけです。

生きている間に、あなたの心の中にパラダイスが実現した。よかったね、と喜びをともにされた、ということだったのです。

死後に新しい世界などは存在しないのです。教会が、存在しないものを存在するのだと言い張るそのわけは、利の良い商品として取り回し続けるために必要としているからに過ぎません。真実を否定する俗物として描かれたもうひとりの盗賊は、はからずもキリストの体と自称する教会を写す鏡だったのです。