キリスト教大辞典

キリスト教の問題点について考える

伝統的教派プロテスタント信徒が運営するキリスト教批判ブログです

牧師のしくじり

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www.kirishin.com

キャッチアイ画像で引用した記事は、キリスト教新聞の KiriShin というサイトで、同社の刊行物であるMinistry誌の「ボクシたちの失敗」という特集から、一つのインタビューを取り上げているようです。見てみましょう。

具体的にはどんな「失敗」を経験されましたか?

 という質問への答えから抜粋してみましょう。たとえば

私の場合はまず、牧師という仕事と生き方を理解していませんでした。多くのプロテスタント教会において牧師というのは、教会的職務であると同時に、やはり世俗の仕事なわけです。ざっくり言えば、聖職でありつつ、「冠婚葬祭屋」でもあるわけです。そのあたりのバランスが取れなくなりました。

とありますが、プロテスタントの牧師は「聖職」ではなくて「教師」です。冠婚葬祭も世俗の行いの一つでしかありません。

正教やカトリックのように使徒継承権があるわけではない。プロテスタントである以上は、最後は個人の聖書解釈と信仰の問題になる。そうなったとき、「どんな権威で偉そうに人前で話すことができるのか」と思ってしまいました。もちろん他にも理由はありますが、結果的には辞職したので、やはり「失敗」だったかなと。

正教やカトリックには、「使徒継承権」という名の権利があるわけでは無いのですが、まあ、そのように理解しているとしても、プロテスタント教会の牧師は「使徒的」であればそれで十分であるはずです。

具体的にはどんな「失敗」を経験したのか、という質問に対して、この人物は何一つ具体的に答えることができていません。具体的な理由が存在しないからです。

一方、

他の理由とは?

という質問に対しては、

たとえば経済的問題ですね。正直、生活保護を受けたほうがいいような待遇でした。牧師館があり、独身なので何とかやっていられましたが、月に1万円も謝儀がないこともありました。牧師になって3年目だったか、歯の治療に2万円かかると言われて、もちろん払えない。でも、預かった委員会関係の封筒には2万円入っている。みじめで泣きたくなりました。でも「兼業は困る」と言われたこともありますから、本当に困りましたね(笑)。

つまり、失敗は、自分の限界をわきまえていなかったことです。どれほど献身の覚悟があって体力があっても、やはり人間は弱いですから無理が続くと持ちません。自分が耐えられる生活の限度を知っておくことは重要です。それでも教会に行き倒れるようにして来る人には、風呂を沸かし、食事を与え、お金もあるときには与えましたよ。神様は与えてくださる方ですから。

 と、具体的な事例を挙げて答えているのです。

「月に1万円も謝儀がないこともありました。」と言っていますが、少なくとも家賃は不必要ですし、おそらくは水道光熱費も自分では払わないでしょうし、食料品も常に冷蔵庫に充当され、国保・年金も教会から自動的に払い込まれているのでしょうから、この人は、さらにその上に小遣いとして与えられた謝儀の金額に不平を言っているのでしょう。神学校を出てすぐの、説教も事務処理もまともにできない状態のボンクラに生活の保証をした上小遣いまで恵んでくれたのですから何も文句は無いはずだと思いますよ。本業がまともにできないのに、アルバイトはやめてくれ、という要求するのも当然のことでしょう。そもそも、そんなことは招聘時点でわかっていたはずです。もっと言えば、神学校で謝儀の仕組みを教わっているはずです。

そもそも、福音書にはすべての財産を放棄して、貧しいものに分け与えてからついて来なさい、と記されているのですから、それでいいはずだと思うのでうが、何が不服なんでしょうか。

最後には

あとは組織の問題です。「神の愛」「ゆるし」という麗しい言葉による不義の虚飾に耐えられなくなりました。ですから辞めた。10代のころから始まって約30年近く費やした仕事は失敗でした。ただ、これは私の場合です。

と言っています。「神の愛」「ゆるし」などと言う言葉が「不義の虚飾」だということは、キリスト教全体の話です。そのことに今まで気づかず、今もまだ気づいていないわけです。観察力は低いけれども、直接的な痛みだけに反応してしまう、その対応力の程度に問題があるのだ、ということに気づくべきだと思います。

この理不尽さの根本原因は何なのかを解決しなければならない、と発起しなければならなかったわけです。

楽をして生きていくために、という理由で職業を選択するからそういうことになるのではないでしょうか。たとえ虚飾であっても、善意の実践者によって良い結果へ向かう可能性はあると思います。