「命と性の日記~日々是命、日々是性」というブログサイトに、
という記事がありました。ある殺傷事件の容疑者がクリスチャンホームに育った地域で評判の優等生だった、ということを書いておられます。
引用しましょう。
今回の件はとても悲しむべきこと残念なことでしょう。しかし、「ありえないこと」「考えられないこと」ではありません。なぜなら、聖書にはそうした事例が山ほどあるからです。
ヤコブの息子たちは親族殺人未遂者です。祭司エリの息子たちは、犯罪者以上に罪深い、神の冒涜者です。ダビデやソロモンの息子たちは、犯罪、暴力、不道徳のオンパレード状態。そうです。聖書自身が、信仰者家庭から凶悪犯罪者が現れるという事例を幾多となく私たちに示しているではありませんか?
「熱心な信仰者、敬虔なクリスチャンである両親からどうして?」ではありません。それは、聖書をご存じない方々の感想です。むしろ、聖書はそうした可能性のあることを、とっくの昔に、私たちに教えています。
聖書には、どうすれば上手に人を殺せるか、また、どうすれば人を上手に騙せるか、など、犯罪を指南している箇所がたくさんあります。
クリスチャンとは、このような犯罪を、「聖書の記述だから」という理由で礼賛するキチガイの集合なのです。クリスチャンホームに育った人間が犯罪者となってしまう程度のことは、当たり前の話でしょう。