キリスト教の問題点について考える

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キリスト教大辞典:用語解体ファイル 43【新しいものと古いものを取り出す主人のたとえ】

 

【用語】

新しいものと古いものを取り出す主人のたとえ

【世俗的・宗教的な定義】

「新しいものと古いものを取り出す主人のたとえ」とは、『マタイによる福音書』第13章51〜52節に登場するイエスのたとえ話です。

イエスの時代の「家の主人(家長)」は、家族の生活を支えるため、古い品物も無駄にせず適切に保管し、新しいものと共に必要なタイミングで取り出して活用する役割を担っていました。

伝統的な神学・解釈において、このたとえ話に登場する「天の国を学んだ学者(律法学者)」は、キリスト教に改宗したユダヤ人の律法学者、あるいはイエスから真理を学んだ弟子たちを指すとされています。旧約聖書の伝統(古いもの)と、イエスがもたらした福音の示唆(新しいもの)の双方が神の計画に不可欠であり、弟子は単なる過去の伝承者にとどまらず、未来へ向けてその両方を正しく活用すべきであると解釈されてきました。

【本質的な解体(クッキングホイル的定義)】

イエスは「畑に隠された宝」や「高価な真珠」といった天の国のたとえ話を一通り語った締めくくりとして、「神の国の実践に必要なものは、従来の律法(古いもの)を守ることと、イエス自身による新しい教え(新しいもの)の両方である」と明確に述べている。

しかし現代の教会において、この重要なたとえ話が積極的に語られたり強調されたりすることは極めて少ない。その最大の理由は、もし「古い律法も守り続けなければならない」と認めてしまうと、割礼をはじめとするユダヤ教的律法の遵守が不可欠となり、異邦人伝道や教会組織の拡大に支障をきたすからである。

イエス自身は、律法が不要になった(反故にされた)とは一言も言っていない。むしろイエスは次のように明言している。

「よく言っておく。天地が滅び行くまでは、律法の一点、一画もすたることはなく、ことごとく全うされるのである。」 (マタイによる福音書 5章18節)

それにもかかわらず、後世の使徒言行録(15章29節)などでは、エルサレム会議の取り決めとして「偶像に供えたもの、血、絞め殺した肉、不品行を避ければよい」と律法を極限まで簡易化・骨抜きにしている。

イエスが「古いもの(律法)」と「新しいもの(福音)」の双方を不可欠としたのに対し、後の教会組織は異邦人を取り込んで勢力を拡大するために、律法を都合よく廃棄・形骸化させた。このエルサレム会議の決定に象徴される「律法の都合よい免除」こそ、初期キリスト教組織において既に始まっていた教会の欺瞞とご都合主義の証拠であると解体できる。

【聖書からの示唆】

「あなたがたは、これらのことがみな分かったか。」弟子たちは、「分かりました」と言った。そこで、イエスは言われた。「だから、天の国のことを学んだ学者は皆、自分の倉から新しいものと古いものを取り出す一家の主人に似ている。」

マタイによる福音書 13章51-52節(新共同訳)

https://www.bible.com/ja/bible/1819/MAT.13.51-52.新共同訳

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