
イエス様の時代、イスラエルにおいて徴税人という職業の人は随分と嫌われていたようです。上記のサイトから引用してみましょう。
昨日のミサにおける福音書は「徴税人ザアカイ」の話でした。ローマのために税金を徴収する彼らは、ユダヤの人々から嫌われ、罪びととされていました。規定以上に、しかも情け容赦なく取り立てていたこともその理由の一つです。
では、福音書から問題の箇所をみてみましょう。
'さて、イエスはエリコにはいって、その町をお通りになった。 ところが、そこにザアカイという名の人がいた。この人は取税人のかしらで、金持であった。 彼は、イエスがどんな人か見たいと思っていたが、背が低かったので、群衆にさえぎられて見ることができなかった。 それでイエスを見るために、前の方に走って行って、いちじく桑の木に登った。そこを通られるところだったからである。 イエスは、その場所にこられたとき、上を見あげて言われた、「ザアカイよ、急いで下りてきなさい。きょう、あなたの家に泊まることにしているから」。 そこでザアカイは急いでおりてきて、よろこんでイエスを迎え入れた。 人々はみな、これを見てつぶやき、「彼は罪人の家にはいって客となった」と言った。 '
ルカによる福音書 19:1-7
https://www.bible.com/ja/bible/1820/LUK.19.1-7
「罪人」とまで言われてしまっていますね。そうとう嫌われてたようです。しかし、現代の社会においてはこのような職業はないので、福音書の徴税人に関する話題の内容はわかりにくい、というようなことをよく聞きます。
本当にそうでしょうか。僕は日本には大変わかりやすい例となる職業があると思います。もちろんどのような職業であってもそれぞれ立派な職業なのであって、差別されるべきでではないということはわかっているのですが、残念ながら福音書の徴税人を実感するためにはこの職業の名前を出すことが一番適当だと思います。
その職業とは、公共放送であるN◯Kの集金人です。お金に関する仕事であるということ、請負仕事であるということも同じです。国民に嫌われているということも同じですし、報酬の所得が結構たっぷりあるということも同じです。集金結果によっては年収千数百万円にもなる場合もあるのだとか。また、 N◯Kの集金人が他人の敷地に無断で入って視聴設備の確認を行って、住居侵入の罪に問われた、という事件があったと思いますが、犯罪者めいているという意味においてもこれらは共通であると言えると思います。
福音書の徴税人という言葉をN◯Kの集金人に置き換えて読めばわかりやすくなるのではないでしょうか。「イエス様はN◯Kの集金人のようなものであっても愛してくださっている」という具合です。どうでしょうか。福音書において、徴税人はクリスチャンの象徴として描かれています。現代風に言えば、N◯Kの集金人がクリスチャンを象徴しているわけです。わかりやすくなりましたね。
ついでに申し上げるならば、「 什一献金」などと称して、もっともらしい理由を言っては信者から一円でも多く金を巻き上げようとするキリスト教会こそ、現代の徴税人と言わなければならないかもしれません。この例を出すのであれば、N◯Kの集金などは足元にも及ばない強欲さだと思います。
それでは、実際に福音書の言葉を「徴税人」から「N◯Kの集金人」と「什一献金牧師」に置き換えて読んでみましょう。
'それから、イエスが家で食事の席についておられた時のことである。多くの取税人や罪人たちがきて、イエスや弟子たちと共にその席に着いていた。 パリサイ人たちはこれを見て、弟子たちに言った、「なぜ、あなたがたの先生は、取税人や罪人などと食事を共にするのか」。 イエスはこれを聞いて言われた、「丈夫な人には医者はいらない。いるのは病人である。 '
マタイによる福音書 9:10-12
https://www.bible.com/ja/bible/1820/MAT.9.10-12'それから、イエスが家で食事の席についておられた時のことである。多くのN◯Kの集金人や罪人たちがきて、イエスや弟子たちと共にその席に着いていた。 パリサイ人たちはこれを見て、弟子たちに言った、「なぜ、あなたがたの先生は、 N◯Kの集金人や罪人などと食事を共にするのか」。 イエスはこれを聞いて言われた、「丈夫な人には医者はいらない。いるのは病人である。 '
'それから、イエスが家で食事の席についておられた時のことである。多くの什一献金牧師や罪人たちがきて、イエスや弟子たちと共にその席に着いていた。 パリサイ人たちはこれを見て、弟子たちに言った、「なぜ、あなたがたの先生は、 什一献金牧師や罪人などと食事を共にするのか」。 イエスはこれを聞いて言われた、「丈夫な人には医者はいらない。いるのは病人である。 '
今回の記事はヘイトとも取られかねない劣悪な内容で、特に特定のご職業の方々には嫌な思いをさせてしまったかもしれません点について申し訳なく思っております。「クリスチャンなんかと同じにするな」と思われた集金人の方もおられるかもしれませんね。本当にごめんなさい。
しかしイスラエル国民にとって福音書の内容というのは、これぐらいのインパクトがあったものだったのではないかと思っています。