
ニューズウィークに「イエスとはいったい何者だったのか?...人類史を二分した男の正体」という記事があります。
「イエスは何者なのか?」という不可避な問い「イエスとは何者か」は、誰も無視することができない問いだ。それは、説明不能で驚くべき、以下の4つの事実による。
とあって、その4つとは、
●事実1:地球上の全人口80億人が、キリストの誕生年を基準に暦を数えている。これにはキリスト教徒ではなく、イエスの名前を聞いたことがない人々も含まれる
●事実2:過去1世紀だけでイエスに関して2万冊以上の本が刊行された。毎年何百冊もの新刊が出版されるユニークな存在
●事実3:本来、イエスは無名の存在であるべきだった
●事実4:イエス自身が、「私は何者か?」という不思議な質問を、直接仲間に、あるいは間接的に私たちに投げかけている
であると述べられています。事実4について、さらに、
以下に、「イエスは何者か?」という問題に対して、歴史的に与えられてきた7つの答えを紹介しよう。あらゆる可能性を試し、論理的にあり得るとされるのが、この7つである(*2)。
(1)イエスは存在したことがなく、後世につくられた神話である
18世紀以降の一部の無神論者と作家ら(ドイツ人神学者ブルーノ・バウアー、フランス人哲学者ポール=ルイ・クーシュー、現代フランスの哲学者ミシェル・オンフレなど)の主張。
(2)イエスは偉大な賢人だった
フランスの宗教家エルンスト・ルナンや第3代アメリカ大統領トーマス・ジェファーソンの説で、現在は多くのフリーメイソンと一部の大衆が主張している。
(3)イエスは頭の狂った妄信者
19世紀以降の哲学者(ダーフィト・シュトラウス、ニーチェ)と、ついで20世紀の医師や精神科医(ビネ=サングレ、ウィリアム・ハーシュ)に支持された主張。
(4)イエスは挫折した冒険家
初期のイスラム教徒と、一部の同世代人の主張。
(6)イエスは救世主であり、並外れた人物だったが、ただの人間
(7)イエスは救世主で、神の子である
ではこれから、この7つの答えの可能性を、厳密に深く検討していくことにしよう。参照するのは歴史的事実と聖書、理性、そして非難する側の主張だ。特に批判者たちの支離滅裂で矛盾した告発から、より重要なデータがもたらされることになる。
7つそれぞれの仮説の価値を適切に判断するには特別な能力は必要なく、なんらかの資格や専門的知識も不要である。本書『神と科学 世界は「何」を信じてきたのか』の前半の、より専門的で科学的な章とは逆で、ここでは全員が自分で結論を導くことができるはずだ。
繰り返しになるが、「イエスは何者か?」という問題は、誰にとっても避けて通れないものだ。読者のみなさん、私たちと一緒に、段階を踏んで検討していこう。
【注】
(*1) Ferdinand Prat, Jésus Christ, sa vie, sa doctrine, son oeuvre(Paris: G. Beauchesne, 1938).
(*2) 一部の少数派、例えば、現在800万人の信者がいるエホバの証人は、イエスを大天使聖ミカエルの化身としているが、ここでは取り上げない。
(*3)イエス(イシュア)をイスラエルのメシアと認めた上でユダヤ教を実践しているユダヤ人。
とあります。
死後およそ2000年経った今も、果たして実在したのか否か、という論議を起こさせるところを見ますと、まだまだ、ニーチェが言うところの「熟成期」に入ってしまったわけではない、ということなのではないでしょうか。
しかし、絶対的に存在したのであって、数々の命令と禁忌事項を人に課し、人を善人と悪人に振り分け褒章と刑罰を与えるためにわざわざ天からこの世に降りて来たのである、と考えるのもなんだか寂しいものですね。
僕としては、聖書が実在する、という事実さえあればいいのではないかと思うのですが、どうなのでしょうね。