キリスト教大辞典

キリスト教大辞典

キリスト教の問題点について考える

イエス・キリストは実在したのか

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イエス・キリストは空想上の人物です。なぜハッキリ言えるのかと言えば、ズバリ、キリスト教徒による一次史料が無いからです。

 

ナザレのイエス - Wikipedia から引用しましょう。

 

キリスト教徒による一次史料は少ない。
エスの名前が初出するキリスト教外の文書では、フラウィウス・ヨセフスの『ユダヤ古代誌』(18:63)やタキトゥスの『年代記』などのごく一部にイエスに関する記述があるが、前者は後代の一部加筆を疑われており、後者は同時代史料でないばかりか、キリスト教徒(「クレストス」を開祖とする宗教)に言及したものである。したがって、イエスの実在性の根拠とするには問題を含んでいる。
しかし、紀元後30年ころにローマ皇帝に対する反逆罪で磔刑に処せられた人物のあったことについては、ローマやユダヤ側の史料によってもある程度裏づけられる[39]。また、十字架刑は、当時のローマ法で規定された刑罰であった。
2008年にキリストに言及した最古のものであると考えられる記述を持つ容器がアレキサンドリアの海中遺跡でフランス人考古学者のフランク・ゴディオ氏を中心とする発掘調査グループにより発見された。この容器は紀元前2世紀後半から紀元1世紀前半のものであり、容器の表面には古代ギリシャ語で「DIA CHRSTOU O GOISTAIS(魔術師たるキリストによるもの)」という文字が刻み込まれている[40]。
2012年ハーバード大学の研究者がイタリア・ローマで開かれた学会で、キリストの妻についての発言を記載した古いパピルス片が見つかったと発表した。発表を行ったのはハーバード大学神学校のカレン・キング教授。パピルスの紙片は縦3.8センチ横7.6センチほどの大きさで、エジプトのキリスト教徒が使うコプト語の文字が書かれている。この中に、「キリストは彼らに向かい、『私の妻が…』と発言した」と記された一節があった。紙片は個人の収集家が所蔵していたもので、2011年にハーバード大学に持ち込まれ、キング教授が調べていた。ニューヨーク大学の専門家に鑑定を依頼した結果、本物のパピルスであることが確認されたという。キング教授によると、内容はキリストと弟子との対話を記録したものとみられ、2世紀半ばごろに書かれたとみられる(のちの調査によれば断片自体は6-9世紀におそらく写されたもの)。表裏の両面に文字が書かれており、書物の1ページだった可能性もあるという。ただしこの紙片は、キリストが結婚していたとする説を裏付ける証拠にはならないとキング氏は指摘する。一方、キリストが未婚だったことを裏付ける証拠もないといい、キング氏は記者会見で「キリストが結婚していたかどうかは分からないという立場は、以前と変わっていない」と強調した[41]。

 

実際に存在して、今のように崇められるようになったのであれば、資料が存在しないはずがないのです。そういうと、「当時は取るに足りない小さな存在だったのだから資料が見つからないのは当たり前だ」 というようなことを言う人がいますが、それならば福音書にも記録されないでしょう。

 

また、福音書の次の記録を見て下さい。

 

ヨハネ福音書19:25-27

さて、イエスの十字架のそばには、イエスの母と、母の姉妹と、クロパの妻マリヤと、マグダラのマリヤとが、たたずんでいた。
エスは、その母と愛弟子とがそばに立っているのをごらんになって、母にいわれた、「婦人よ、ごらんなさい。これはあなたの子です」。
それからこの弟子に言われた、「ごらんなさい。これはあなたの母です」。そのとき以来、この弟子はイエスの母を自分の家に引きとった。 

 

弟子の一人が、イエスの母を引き取って、その後共に暮らしたのだ、と記録されています。それならば、今日何月何日はイエスの誕生日だ、何月何日は十字架で亡くなった日で何日は復活した日だと、はっきりと何月何日かを言い伝えているはずです。それが、どうして生没年月日があやふやなのでしょうか。イエスの生まれた年も特定することができないのは、福音書のこの記述とは矛盾する事実です。そんなことを記録せずに魚の口から銀貨一枚出てきたことを記録するのもおかしな話です。

 

福音書は、最初から寓話として書かれた、ということが真実でしょう。寓話として書かれたものを事実だと思い込もうとするから無理が生じるのです。