キリスト教大辞典

キリスト教の問題点について考える

伝統的教派プロテスタント信徒が運営するキリスト教批判ブログです

結婚式に参列しました

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先日、親族の結婚式に参列しました。花婿が従兄の子で、花嫁も親族です。二人は、遠いとはいえ親族同士となるわけですが、まあ、余計な心配をする必要もないでしょう。

当親族には背の高い人が多いように思いますが、新郎は180センチほど、お嫁さんは165センチほどと、二人揃って背が高いので、並ぶと見栄えがしてよくお似合いのカップルでした。しかし親族同士で結婚されたら高く付きます。離婚したらお祝い二人分返してもらうからね。

そもそもプロテスタントは、教会で結婚式を行う習慣がなかったようで、カトリックのようなサクラメントとしての儀式・様式も確立されていません。ヨーロッパなどでは役場へ婚姻届を提出するついでに、その場で役人に結婚式を挙げてもらうのが習慣になっているような地域があるのだとか。質素でいいですよね。

日本の常識では、なかなかそうも行かないのでしょう。プロテスタント同士であっても教会で結婚式を挙げることが普通になっていますし、信徒でなくともキリスト教スタイルで式を挙げる人はたくさんいるようです。キリスト教の唯一の利用価値でしょう。僕は結構なことだと思っています。

新郎新婦がふたりともプロテスタントの場合は、お嫁さんが所属する教会で式を行うのだそうで、さほどは離れていないのですが、お嫁さんの教会へ伺って式に参列しました。我が親族は冠婚葬祭などにお金を掛けない、ということを旨としておりまして、貧乏人ばかりだということですが、この式も質素でした。お嫁さんは黒留袖、お婿さんは黒のスーツに白ネクタイと、親戚の結婚式に参列する夫婦のような装いで、知らない人がみたらびっくりするのではないかというようなものでした。

近くのホテルで行われた披露宴も同様にさっぱりとしたもので、親族は共通なので通常の場合の半分で、それに加えてそれぞれの友人、職場の上司や同僚などで、総勢100名ほどだったでしょうか。

会費制の立食形式で新郎新婦の席もなし、スピーチ、乾杯なども無しで、パーティの開始に際して媒酌人の挨拶が一言あっただけでした。

新郎新婦も参列者も、最初はおとなしくもじもじしていたのですが、そのうちにだんだんと打ち解けて、互いの出席者でお喋りを楽しむなど、とても良い宴会になったと思います。

身内の近況報告のような記事になってしまいましたが、こんな結婚式もあるんですよ、というご紹介ということでご寛恕ください。