キリスト教大辞典

キリスト教の問題点について考える

伝統的教派プロテスタント信徒が運営するキリスト教批判ブログです

同性愛者のキリスト教徒としての立場

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本ブログでは数度に渡り、キリスト教と同性愛との関係について考えるところの記事を書いてきました。

christian-unabridged-dict.hatenablog.com

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記事「同性愛」では、聖書で同性愛を禁じているように読める箇所の意味について、

この命令は、同性愛を禁じる命令では無くて、敵対国の習慣に同調するな、ということを言っているわけです。具体的に言えば、ギリシャ少年愛です。同性愛そのものではなくて、ギリシャの風習に侵食されるな、イスラエルの独自性を守れ、というのが本当の意味なのです。

だから「女と寝るように男と寝るな」と表現されているのです。同性愛者は女と寝るつもりで男と寝ますか?考えればわかることです。

ギリシャには風習としての女性同性愛はなかったので女性については言及されていないわけで、本当に同性愛そのものがダメだというのであれば、男女とも明確に禁止されているはずではないでしょうか。

男であれ、女であれ、真剣に心の底から好きになったものが同性であったとして、それを罰する神は合理的ではありません。神は、叡智の限りを尽くして作り出された人間の道具です。そんな不合理なものを神として君臨させるはずがないのです。

というように解釈してみたのですが、某SNSで同性愛問題についてのお話がありましたので、この解釈を説明したときに返ってきた、ある牧師さんのお答えがこちらです。

少年愛も問題ですが、「女と寝るように男と関係を持っている」というような文言もありますから、聖書には「同性愛差別はない」とは言い切れないでしょうね。
それより大きな問題は、聖書の文言を使って、クリスチャンが実際に差別や殺人が行われているということです。

こちらとしては、キリスト教徒にとって聖書の記述は絶対的なものであって、聖書の記述は消してしまうことができないのだから、実際的な解釈を丁寧に行えばどうだろうか、というアプローチをおすすめしたわけですが、リベラルな立場に軸足を据えておられる牧師さんでさえ、問題の聖書の箇所を読んで、同性愛者を否定する表現だとしか言えない、とおっしゃるわけですから、これはもうお手上げです。キリスト教は同性愛者を排斥するものなのだ、ということになってしまうのでしょう。

僕の考えとしましては、聖書全体を丁寧に読んでいけば、その言葉の裏に隠れている真意を読み解いていけば、同性愛を禁じてはいない、という結論を導き出すことができるはずだ、と思っているのですが、現場の指導者が、しかもリベラルな立場の方が諦めておられる、ということですから、われわれ部外者がどうこう言う余地は無い、ということになってしまうのでしょう。

それであれば、あっさりと諦めて、同性愛者のキリスト教徒で、差別されている、あるいは表明すれば差別されるだろうから、苦しいけど黙っている、という方は、別に我慢し続けなくとも、キリスト教をやめればいいのです。

いや、我慢しても、キリスト教徒であることのメリットが大きいんだ、とおっしゃる方は、仕方がありませんのでそのまま我慢なさってください。

しかたありません。キリスト教という世界はそういう世界なのです。