キリスト教大辞典

キリスト教の問題点について考える

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携挙

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Rapture, Up, Up and Away

 

「携挙」という言葉をご存知でしょうか。 プロテスタントの一部の教派だけで取り上げられている事柄のようですが、 携挙 - Wikipedia では、

携挙(けいきょ、英語:Rapture)とは、プロテスタントにおけるキリスト教終末論で、未来の主イエス・キリストの再臨において起こると信じられていることである。まず神のすべての聖徒の霊が、復活の体を与えられ、霊と体が結び合わされ、最初のよみがえりを経験し、主と会う。次に地上にあるすべての真のクリスチャンが空中で主と会い、不死の体を与えられ、体のよみがえりを経験する。

 と説明されています。根拠となる聖書の箇所は、テサロニケの信徒への第一の手紙の 4:16-17

主は、号令と、御使いのかしらの声と、神のラッパの響きのうちに、ご自身天から下って来られます。それからキリストにある死者が、まず初めによみがえり、次に、生き残っている私たちが、たちまち彼らといっしょに雲の中に一挙に引き上げられ、空中で主と会うのです。このようにして、私たちは、いつまでも主とともにいることになります。

によるのだそうです。

しかし、この箇所をその少し前から読めば、本当に言いたいことは空中の件ではないことがわかります。読んで見ましょう。

テサロニキ前書 4:13-18

兄弟たちよ。眠っている人々については、無知でいてもらいたくない。望みを持たない外の人々のように、あなたがたが悲しむことのないためである。 わたしたちが信じているように、イエスが死んで復活されたからには、同様に神はイエスにあって眠っている人々をも、イエスと一緒に導き出して下さるであろう。わたしたちは主の言葉によって言うが、生きながらえて主の来臨の時まで残るわたしたちが、眠った人々より先になることは、決してないであろう。すなわち、主ご自身が天使のかしらの声と神のラッパの鳴り響くうちに、合図の声で、天から下ってこられる。その時、キリストにあって死んだ人々が、まず最初によみがえり、それから生き残っているわたしたちが、彼らと共に雲に包まれて引き上げられ、空中で主に会い、こうして、いつも主と共にいるであろう。だから、あなたがたは、これらの言葉をもって互に慰め合いなさい。

普通に読めば、キリストの再臨においては、死者であっても生者とおなじように救われるのだよ、という説明なのであって、空中云々は比喩を用いた補足説明に過ぎない、と理解することができるでしょう。

文章の本流を度外視し、細かな、そして都合の良い所を一部だけ切り出し、ことさら強調して別の話を仕立ててしまっているわけです。聖書に文学的な表現は一切存在しない、という前提に立たなければこのような解釈を行うことはできません。

”おい、パウロ、パウ公、お前書いたよな、「空中で主に会い」って書いただろ、まさか嘘だとか今更言うなよ、教義に書くぞ。いいんだな、お前が言ったことだからな。” というような幼稚な精神性が透けて見えます。

 

過去の記事

では、福音書

信じる者には、このようなしるしが伴う。すなわち、彼らはわたしの名で悪霊を追い出し、新しい言葉を語り、へびをつかむであろう。また、毒を飲んでも、決して害を受けない。病人に手をおけば、いやされる」。

と書いてあるので、実際に毒蛇を掴んで見せて、挙句に噛まれて死んでしまう牧師がいるらしい、と書きましたが、携挙も同じレベルの聖書理解だと思いますよね。

 

「は!、変な奴がいるもんだ、」

って笑ってる、自称正統教派の信徒の皆さん、あなたがたも同じようなもんですよ。天国と地獄を信じ込んじゃってるわけでしょ?