キリスト教大辞典

キリスト教の問題点について考える

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出エジプトの真実

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イスラエル人がエジプトを脱出したとき、どれ位の集団だったと記録されているでしょうか。

 

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によれば、

部族の大きさは,強健な男子の数でマナセの3万2,200人から,ユダの7万4,600人まで様々でしたが,イスラエルの軍隊に入って仕える資格のある男子の合計は60万3,550人となり,このほかにレビ人と女と子供たちがいました―恐らく300万人あるいはそれ以上の宿営であったことでしょう。会見の天幕はレビ人たちと共に宿営の中央に位置します。

 

とあります。総勢300万人の大集団だったと想定される、ということですね。軍隊に入って仕える資格のある男子が60万3,550人だったことから考えれば妥当な数字でしょう。日本でいえば、大体茨城県の人口と同じぐらいの人数です。

上記の地図を御覧ください。出エジプトの行程を示す地図ですが、①のラメセスから⑱のイェリコまで、地中海沿岸を真っすぐ行けばおよそ400キロの行程ですが、聖書の記述に従って実際の行程を想定すると、点線の矢印に示されるような複雑な行程となり、その距離はおよそ1200キロになります。

 

仮に、300万人の人が、二列になって1メートル間隔で縦に並んだら、つまりギチギチに並んだら、その距離は1500キロになります。

例の「葦の海」での出来事は、「暁から夜明け前」までの数時間で、モーセが杖を上に上げている間のことだったと記されていますが、隊列の距離は1500キロメートルもあるのですから、最後のイスラエル人が葦の海を渡り終わる頃には、先頭の人がカナンに入って新しい生活を始めていたはずです。すなわち、モーセは40年間葦の海で杖を上げ続けていたことになってしまうわけです。

 

いかがでしょうか。まず、エジプトにイスラエル人が300万人もいたのであれば、もはやエジプトではなくてイスラエルという国だということになり、当然それなりの資料があるはずですが、実際にはありません。数が水増しだとしても、イスラエルの子どもたちがそれぞれ別の部族を形成して、はっきり識別できる状態で継承されていたというのも非現実的です。

 

つまり聖書とは、事実が記録されているものではなくて、精神性を抽象的に伝えているもの、出エジプトで言えば、バビロン捕囚という事実をエジプトという抽象化によって、その思いを伝えようとしているものだ、と言えるわけです。

 

キリスト教もこれと同じことであって、キリスト教という宗教が、ゾロアスター教やミトラス教との混成であって、そのことはローマ帝国の国教として創作された当初は誰でも知っている事実だったが、やがて自然に忘却、あるいは恣意的に抹消されて、あたかも真実であるかのように伝えられてしまった、ということ、これが実際のところです。