キリスト教の問題点について考える

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自然災害は神の罰か

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www.independent.co.uk

上の記事は「自然災害は神が同性愛者を罰するために起こされたものである」と主張するキリスト教ロビイストの住居が、ルイジアナの洪水で破壊されたことを伝える記事です。

神が、同性愛者を罰するために彼らに天災を及ぼす、という考え、キリスト教徒の皆さんはどう思われるでしょうか。そんな考えは極端な考え方であって、普通のキリスト教会はそんなことを主張しないし、穏健なキリスト教徒であれば、そんなことを考えもしないよ、と思われたでしょうか。

しかし、ツイッターを見ていますと、美しい花が咲き乱れている風景の写真を添えて、神の業は素晴らしい、このような造形は神の業の他には考えられない、というような、キリスト教徒の発言をしばしば見ます。

また、酷暑の昼下がりに夕立があれば神に感謝し、虹を見れば神のサインだと驚き怪しみ、病気が治ったら神様にお祈りしたおかげ、と喜ぶわけです。

しかし、良いことは神の恵みだと喜ぶけれども、悪いことと神は無関係、というのは通らない話でしょう。実際、夕立は涼しさをもたらす一方で、同じ夕立であっても、地域によっては、農業に害を及ぼすなどの深刻な災害を顕しているかもしれません。自然の現象が全て神の業によるものだと言いたいのであれば、その現象には利害の両面が混在しているのだということも理解できねばなりません。

つまり、上の記事のロビイストのように、自然であれ、人為的であれ、すべての現象は神の意志の顕れだと理解する人は「正しいキリスト教徒」だと評価できるわけです。

心身に障害がある人、自然災害の被害にあった人、戦争によって死んだ人、人種差別や部落差別をされる人、同性愛者や犯罪人などは、神に嫌われている人であって、直ちに切り捨てるべきゴミだと、キリスト教徒であればそのように理解するべきなのです。

そんなことないよ、神様は優しい方だよ、と言いながら、その同じ口で「今日の青空はどうだ、鳥がさえずっていて美しい花も咲いている。神の恵みに感謝しよう。」などと言っている人は、「偽善的なキリスト教徒」と言うべき人であって、キリスト教の意味をきちんと理解できていない人であるわけです。

あのロビイストが洪水の被害に遭った理由ですか? 彼も同性愛者だったからなんじゃないですか。知りませんけど(笑)。