キリスト教大辞典

キリスト教大辞典

キリスト教の問題点について考える

偽善者の「絆」

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今回はキリスト教には関係ありませんが、お許し下さい。

 

僕は京都市民なのですが、2011年の五山送り火(いわゆる大文字)で、東日本大地震津波で倒れてしまった陸前高田の松を薪にして燃やそう、という話が持ち上がった際、京都市民の苦情により使用を断念した、というニュースを聞いて、恥ずかしく思ったことを思い出します。「絆」だの「がんばれ」だのと、掛け声だけは調子よく掛けるくせに、具体的な計画に参加するとなると、尻込みしてまるで被害者になったかのように非難しだしてしまう、それが地元の話なのですから、外からみれば僕もその中に含まれてしまっているわけです。

実際には如意ヶ岳の大文字を除く四山では被災松が使用されたということですが、京都は風評被害を拡大した、という事実は残ることになりました。

検索してみますと、原発事故の影響に関しては、未だに偏見に満ちたサイトがありますね。悪意というべきようなものまであります。心苦しいですね。

「支援」というにはあまりにもわずかだという自覚はあるのですが、去年から、米は福島産のものを食べています。そんなことを発表して、お前こそ偽善者じゃないか、と言われるかもしれませんが(笑)。