11月23日は「勤労感謝の日」という国民の祝日ですが、これは元々「新嘗祭」という宮中祭祀が行われる日としての祝日でした。新嘗祭そのものは現在でも行われています。
また、元日は「四方拝」、建国記念日は「紀元節」、春分の日が「春季皇霊祭」、昭和の日は昭和天皇の誕生日、秋分の日は「秋季皇霊祭」、文化の日は明治天皇の誕生日、勤労感謝の日は「新嘗祭」、天皇誕生日は今上天皇の誕生日、と、日本の祝日の大半は天皇家、または宮中祭祀に由来するものです。
日本で作られた米穀を食べるのであれば、そのコメはすべて新嘗祭において天皇が天神地祇に捧げて感謝を奉じたものだということになりますね。クリスチャンであってもコメを食べるでしょうが、そのコメは天皇によって、日本の神々に捧げられたものです。
また、クリスチャンであっても、子供に「お年玉」をあげるでしょうが、お年玉とは、本来、餅玉であって、「たま」とは「たましい」のこと、新年の歳神への供え物だったものが形を変えたものと言われています。つまり、クリスチャン風に言うのであれば、「お年玉」とは、それそのものが偶像であるということになるでしょう。子供に偶像神を与えていることになります。
偶像崇拝を完全に排したいと思っているのであれば、宮中祭祀に由来する祝日には休まず勤務し、食事も日本の神に捧げられたような物は否定するべきでしょう。
日本に住んで、祝日に仕事を休むだけで、クリスチャンであろうがなかろうが、天皇の記念日をともに祝うことになり、宮中祭祀がつつが無く行われることを祈念することになります。
日本に住めば、町々には氏神が鎮座し、辻辻では鎮守の祠が行人を護り、収穫を祝って祭りが行われ、大きく見れば、天皇が国の平和と民草の安泰を祈っています。
日本には日本の神がいるのです。何も無理をして外国の神に罪だ罪だと虐げられる必要は無いとおもいますよ。
そんな大げさな、と笑っている人がいるでしょうが、そこをきっちりと行うのがイスラームのハラールであり、ユダヤ教のカシュルートなんじゃないのでしょうか。「そんな大げさな」という発言は、キリスト教の言ってることなんて、結局は迷信なんですよ、という本音の告白と受け止めてよいのでしょうかね(笑)。
キリスト教を日本に定着させたいと願うなら、キリスト教の神を日本の神々の一柱に加えて神社で祀ればいいでしょう。そしてその神の神紋を十字にすればいいのですよ。参拝の効能などうまく宣伝すれば流行るんじゃないでしょうかね(笑)。